端的に言ってクソ動画が多すぎる
音楽でもイラストでも、ゲームでも、料理でも、ありとあらゆる趣味や創作活動に於いて、これほど恵まれた時代は、人類史上なかったと思う。
インターネットを上手く使いこなすことさえできれば、こうした活動に必要な情報のほぼ全てにたどり着くことが可能と言っても過言ではないと思う。
そのうえで敢えて言うが、情報氾濫にかこつけて余りに酷すぎるコンテンツが跋扈しすぎている。
特に動画媒体においてそれが顕著だ。
猫も杓子も、
『その練習、〇〇しなければ全部無意味!』
『△△したら下手になる方法10選!』
『1ヶ月で必ずうまくなる方法!』
こんなん

元もクソ動画だしこんなんでいいだろ
のように、焦燥感を煽る文言がサムネイル所狭しと並んだ動画の数々。
はっきり言って、こんなコンテンツを作る奴らは、丸ごと詐欺師と言って差し支えないと思う。
なぜ煽情的で短絡的なものを彼らが作り続けるのか。
考える力を奪うためである。
ここで試しに株取引や情報商材のNoteや動画のサムネなどを見てほしい。
文面も公正もこうした動画にそっくりだ。
強い言葉を使い、「こうしなければいけない」と強く訴えかけるようなものばかり。
自分だけ信じていればいいような言い回し。
挙句、最終的に自分のサロンに囲い込むビジネスモデルまで同じ。
そもそも、趣味は誰かと競うものではない。
長い時間がかかろうが、非効率な方法だろうが、その過程を楽しむことにこそ真髄がある。
もちろん、趣味をするうえで行き詰まることもあるだろう。
ただ、果たして情報商材まがいの動画群がその答えになるのだろうか。
まあ、なるかならないかで言えばなるとだろう。
こういった動画を上げる奴らの多くはその道のプロとして活動する人たち。
素人が思い悩むより的確であることは間違いない。
しかしそこにはエゴや思考が介在しない。
ただ、言われたことを実行しただけだ。
経験が伴っていない。
そもそもなんのために趣味を始めたのだろうか?
誰かの言いなりになってそれを実行するロボットになるためなのだろうか。
こうした動画を見てはいけないと言いたいわけではない。
しかし、この手の動画だけをみてそっくりそれを真似するのは、攻略サイトとネタバレとにらめっこしながらやるRPGと何も変わらないことに留意しておくべきだと思う。
『絶対にやってはいけない』論拠はいったいどこにあるのだろうか。
例えばギター演奏では「ながらで楽器を弾いてはいけない」とよく言われるが、並み居るギタリストが皆そうした”禁忌”行為を全くしなかったと言い切れるだろうか。
レジェンダリーギタリストのジミ・ヘンドリクスの有名なエピソードに「テレビやラジオの効果音をギターで真似していた」というものがあるが、これはどう考えても「ながら練習」の延長線上にあるだろう。
もちろん、ただ惰性で手癖を動かしているだけの練習と全く違うのは明白だ。
しかし、ジミの練習方法が、彼らの言う『1ヶ月で必ずうまくなる方法!』でもないことも確かだろう。
何が許せないのか
正直言って、こうした効率的な練習方法を好む人が多いことに対して問題提起をしたいわけではない。
趣味の本懐を忘れていないか?とは思うものの楽しみ方は人それぞれだからだ。
俺が言いたいのは、情報商材屋に対して
テメエらに矜持はねえのかよ
ということなのである。
おそらくこうした動画はごくごく初心者に向けられた物が多いと思う。
始めたてで右も左もわからないような初心者が最初に見るものが、
『〇〇はやってはいけない』、『△△は無意味』
のようなもので、本当にいいと思っているのだろうか。
その道で食ってる人間なら、選択肢が無限にあるということは百も承知だろう。
にも関わらず、自分の飯の種のために、強い言葉で初心者を囲い込もうとするのは情報商材屋カルトのロールモデルと全く変わらない。
自分が情熱を注いできた音楽や美術の知識やスキルを、傀儡を作り上げ取り込むために捻じ曲げることに躊躇いがない。
正確性は二の次で、言葉の強さとバズだけしか気にしていない。
アーティストでもなんでもなく、単なる詐欺師だ。
「負の感情で連帯するのを止めよう」
昨今の”負の感情マーケティング”はそうした焦燥感を煽る技術論にとどまらない。
最近は、
「良さのわからないアーティスト」
「過大評価されているアーティスト5選」
「誰も評価しない偽物の音楽」
といったようなものがGoogleアルゴリズムに乗せられてやってくる。
これをどこぞの素人がやってるのならなんの問題もない。
恐ろしいことに、これをプロの同業者がやっているのだ。
あまりにも不毛だ。
不評や悪口を言うな、などという偏狭なことを言うつもりは一切ない。
嫌いなもの、受け入れられないものを自分の言葉で言語化するのは、好きなものや優れたものを分析するのと同じくらい有意義だと考えているからだ。
憂慮しているのは、
不快感や不評すら他人の意見にフリーライドしていること
について、だ。
分析も考察もないままに、嫌悪と不快感のみで連帯することに、一体何の意味があるのだろうか。
そして、そんな不毛な徒党を組んで、一体何がしたいのだろうか。
加えて、その批評の浅いことこの上ない。
『3コードで音楽的ではない』という言葉を聞いた瞬間に卒倒するかと思った。
この言葉が現役の音楽家から出てきたことに寒気すら覚える。
しかも一定数の視聴者は「よく言った!w」という態度をとっている。
特定の誰かを揶揄しているわけではないことが問題の根深さを表している。
こんな奴らがゴロゴロSNSに転がっている。
そして、相当数の支持を集めているのだ。
文句や批判や悪口さえ自分の言葉で言えない連中と、それを集めて商売をしようとしてる連中。そして、そんなのをバズらせてしまうSNS。
こうした人達は、こんなことをしたくて趣味の世界に入ったのわけではないはずなのに。
自己矛盾を抱えてるのは重々承知の上でも書かざるを得なかった。
マネタイズとバズが上手いだけのコンテンツに注意を向けるべきだ。
自分の頭で物事の良し悪しを考えるべきだ。
インフルエンサーの意見に乗っかるのをやめるべきだ。
稚拙でも自分の言葉を紡ぐべきだ。
水は低きに流れる。
目を曇らせる悪辣さに注意しなければならない。


