♕ボヘミアンラプソディ♛
まず断っておきたいのが、「自分にとってQUEENが凡百のバンドとは異なる、特別なバンド」だということだ。
この話はかなり長くなるのでまたいつか。
つまり、「映画レビューではない」ということだ。批評するにはあまりにも思い入れ、バイアスが強すぎる。
なので、純粋な感想をつらつらと、というよりもゲロゲロと吐き出していきたい。
・楽曲のマジック
バイアス塗れの自分の目から見ずとも、1つ確実に言えることがある。
QUEENの曲は “最高” だ。ということだ。
個人的には楽曲の質も最高なのだが、そこはバイアスがかかっているはずなのでパス。というよりも一介の底辺ブロガーが言い直す必要はないだろう。
ここでいう“最高”とは「映画音楽として最高」ということである。
荘厳でポップでそれでいてドラマチックなのに決して安っぽくはない。歌詞もシンプルで明確なメッセージが感じ取れるものが多い。
また、その知名度はもはや言うまでもないだろう。
曲を聞く人々の心にすっと染み込み、悲しむ人を支え、怒る人をなだめ、楽しむ気持ちを増幅するような。聞き手に寄り添い感情を奮い立たせるような。そういった一種のマジックがQUEENの楽曲にはある。
そういった意味ではこれ以上ないほどに映画的な音楽だといえる。
その一方でこのようにパワーがある楽曲を使った場合、楽曲ありきの映画が出来上がるということは想像に難くない。しばらく前にビーチボーイズの有名曲を全面的に押し出した映画があったが、それを使用したという一点だけで延々と広告を打っていて非常に痛々しかった記憶があるが、皮肉にもこれはいい具体例だと思う。
その点で『ボヘミアンラプソディ』は全くコンセプトが違うと感じた。
曲ありきでも映画ありきでもなく、循環的にストーリーを紡ぎ出しているのである。
フレディやバンドの状況や心情を、曲が描き出すだけではなく、そうした状況や心情をもとに楽曲が生まれていくような構成はとても美しく、楽曲と映画そのものをどちらも引き立たせるための意匠がありありと伝わってくる。
楽曲がシーンを表現するという役割を超えた、いわばストーリー全体を伏線のように支えている点に強くそれを感じた。
ストーリーが後半に行くにつれて、それ以前にシーンに使われていた楽曲が表情を変えて、我々に語りかけてくるのだ。
そうした“伏線”がフレディの音楽、そして自らの生き方に対する想いや葛藤をラストにかけて見事に補完している。
もはや「QUEENの楽曲」という範疇に収まらない「『ボヘミアンラプソディ』の楽曲」と言えるほど、慣れ親しんだ楽曲群に新たな色彩を与えたその手腕には脱帽する。
・ストーリーとそのハイライト
QUEENはかなり息の長いバンドだ。
一度のメンバーチェンジも解散もなく、トラブルを抱えながらも20年活動し続けたバンドはそういないだろう。各時代とも旺盛な活動をしている。コンスタントにアルバムを出しているし、ヒット曲にも恵まれている。
だからこそ、どの時代に焦点を当て、どう切り抜き、何を描き出していくのかというのは非常に難しい選択だったと思う。
しかし、それも監督はうまくこなしている。
愛に生きた一人の人間としての、等身大のフレディマーキュリーからみた世界は、刺激的で孤独もありながらも喜びと絆に溢れた素晴らしいものだった。決して悲劇のヒーローを画一的に描き出すようなチープで独りよがりなものではない。
少々ネタバレになるが、ハイライトにライブエイドを持ってきたのも英断だろう。
確かにライブエイドはまごうことなき名演だ。10万もの観客の前でみせた、ブランクなどまるで感じさせないひたすらにアツいパフォーマンスは中年の落ち目だったロックスターとは思えない。
ファンとしてはライブエイドの他にいくらでも名演が挙げられよう。レインボーやヒューストン、エピソードに事欠かない来日公演など、それぞれ思い入れのあるライブはたくさんある。
SNS等でもそういった意見をチラホラと見つける。
しかしながらそれでもライブエイドがこの映画のハイライトであることに異を唱える人はいないだろう。
以前からのフレディの伸びやかなボーカルは円熟味を帯び、他方で休止期間を経てからのライブということで、音楽に対する情熱、若さが声に溢れている。また代名詞であるハードグラムオペラロックにとどまらない多種多様な、まさしく「ジャンル:QUEEN」な楽曲の数々。バンドとしての危機にまで陥っていたQUEENのその後の復活劇。
こういった魅力があるのはライブエイドならではだろう。QUEENをあまり知らない人はライブバンドとしての底力に驚いたのは間違いない。そしてライブ映像を映画として再構築した様は古参ファンも唸っただろう。まるで当時のオーディエンスかのように新鮮な気持ちでライブを楽しめたのではないだろうか。
また、フレディの出自や両親、セクシャリティやパブリックイメージ等、フレディの孤独さや闇が正面から描かれていたのも良かった。ファンとしては相当に見るのが辛いし、涙が止まらないようなシーンも多々あるが、だからこそ、メンバーや家族の優しさや愛に触れ闇が晴れていくカタルシスは大きいし、清々しい読後感が得られたのだろう。
フレディマーキュリーという、個性の塊であり、世界で指折りの有名人、しかも実在の人間をこれほどまでに生き生きと動かせるのはこのように練られたストーリーが為せる技だと言えるだろう。
・作中のディティール
ディティールは凄まじい。
まず、4人のルックスでファンとしては胸が熱くなったのではないだろうか?
奇抜なステージ衣装が多いが、それらをものの見事に再現してあり、そしてレッドスペシャルやVOXなど、ファンにはお馴染みのイクイプメントも全く安っぽくなく、それらを見事に着こなし、使いこなしている。
彼らの演奏シーンを見た瞬間に、「あの公演だ!」というフラッシュバックが止まらなくなるほどだ。
また、細かな会話や背景に仕込まれたネタは、ファンであればニヤついてしまうようなものばかりだ。フレディ、ブライアン、ロジャー、ジョンがついそこで会話をしているような小気味良い会話はそうしたディティールがあってこそ。相当研究したのではないだろうか。
そしてレコーディングシーンやライブシーンに使われている音源も、確証は持てないがどうやらテイク違いやオリジナルアルバムにはないものが多々ある。(と思う…自信はない…)
こういったところもよりなまなましく、「伝記」としての迫力を増していると思う。
冒頭にも言ったように、自分はQUEENが大好きではあるが、残念ながらマニアと言えるほど詳しくはない。だから、勘違いもあるのかもしれないが、それでもこうしたディティールと史実と演出が有機的に組み合わさって、より映画の完成度を高めているということには異論はないはずだ。
・どんな人に勧めたいか
これまでキモオタならではの早口でまくし立ててきたが、結局のところQUEENを好きになってもらえればいいのである。ここだけ見てもらえればいい。
まず、断言するがこの映画を見た人は間違いなくQUEENが好きになる。大名盤QueenⅠ・Ⅱ等のオリジナルアルバムや、ライブエイドやらレインボーやらのライブ盤、ましてやジュエルズやグレイテストヒッツでさえ、『ボヘミアンラプソディ』ほど魅力を凝縮出来てるとは言えない。これだけファンが言うのだから信じてほしい。
また、音楽映画として非の打ち所がない。
こんなに効果的な音楽の使い方をする映画はなかなかないのではないだろうか?
少しは音楽映画を見てきた自負はあるので信じてほしい。
そして何よりも、映画としての満足度が非常に高いのだ。
ロック映画とは思えないくらいCMを打ちまくり大衆にアピールしてたのも、ひとえに「見てもらえればどんな人間も楽しめる作品だ」という自負の現れだろう。
よっぽど洋楽が嫌いか、映画が嫌いかじゃない限り、万人が楽しむ余地があると思う。ほんとに。
なのでIMAXで2000円かけてみてほしい。
二郎2,3杯我慢してほしい。
青山とかで食ってるやつは一色で事足りるだろう。
高校生は1000円なので見ろ。
そしてもしよければ自分のようにQUEENを足がかりに洋楽や70's、60'sの音楽をdigってほしい。
こういうドラマを持ったバンドが沢山いた時代だと思うので…
・まとめ
『ボヘミアンラプソディ』は、ロックバンドの映画である前に、愛や絆やコンプレックスや若さと老い、成功や失敗、ひいては“人生”をつぶさに描いている。それは普遍的で誰の心にもあるものではないだろうか?
マニアやファン向けのコアなもの。一過性のブームで終わるもの。ただ事実を叙述しただけの“映像”。
そういうものではなく、長く愛される“名作”になっていく作品だと自分は確信している。
この映画は単なる記録でも伝記でも、あるいはファンや監督の独りよがりでもない。
70'sというロック激動の時代から生き抜いてきたバンドの物語であり、
苦悩を抱えつつも圧倒的なカリスマと尊敬を集めるアーティストの物語であり、
自由を求め、古いものを打ちこわし切り開いていった一人の英雄の物語であり、
打ちひしがれながらも、愛すべき誰かを探し続けた一人の男の物語であり、
そして我々それぞれが持つ、それぞれの“QUEEN”という物語である。
久々に長文を書きました。こんな文でもQUEENへの愛が伝わって、あわよくば伝播してくれると幸いです。
このままfilmarksにぶち込むので見つけてもほっておいてね